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絵を描くためのインプットとして、山崎雅弘著のロンメル戦記を読む その1の9

山崎雅弘著のロンメル戦記
山崎雅弘著のロンメル戦記 第一次大戦~ノルマンディーまでを
昨日の記事に続いて読んで行こうと思います。
今回も要約と抜粋をしたいと思います。

《ロンメルと陸軍上層部の方針の違い》
当面は現在の兵力で
敵地のイタリア軍を勇気づけ、
敵である英連邦軍を
「軽くいなしておく」
だけに留めるようにと
ロンメルに念押しした。
そして、1941年3月21日付で、
この方針を明記した文書による
命令が起草され、彼に手渡された。

《瞬く間にキレナイカを奪回したロンメル》
ロンメルがアフリカに帰還した翌日。
1941年3月24日朝
エルアゲイラの英軍を攻撃し、攻略した。

1941年3月31日
メルサ・エル・ブレガへの攻撃を開始。

1941年4月1日
アジャダビアを占領した。
(メルサ・エル・ブレガから80km東方)

1941年4月3日
ドイツ軍カイテルは
「貴官の任務は現在を守って
英軍を拘束することであると、
総統も理解されている。
もし限定的な攻勢を取る必要が生じても
現在の小規模な兵力の能力を
超えるような行動に出してはならない。
特にベンガジへの攻撃は
右翼(内陸部)から攻撃を受ける危険性に
注意しなくてはならない」」と
DAK司令官であるロンメルに電報を出した。

しかし、ロンメルは
1941年4月3日
キレナイカ西部で
大攻勢を開始した。

報告を受けた北アフリカ英軍司令官ウェーヴェル大将は
キレナイカ兵団長のニームを罷免してオコナー復帰を決断する。
対してオコナーはあなたと私が現地に赴いて
ニームと共に防御体制を整えましょうと提案した。
これは最悪の結果を産んでしまう。

1941年4月6~7日にかけて
ニーム、オコナー
クーム准将(戦車部隊指揮官)がドイツ軍に捕らえられる。
1941年4月8日
ガンビア・ベリー(第2機甲師団長)も捕らえられた。

ロンメルは英軍から鹵獲した英軍仕様の
対ガス用ゴーグルを
自分の指揮官帽に取りつけ
これが北アフリカ戦線での
ロンメルのトレードマークとなった。

という訳でロンメル戦記を読みました。
こういう形での命令違反というのを
どう考えたらいいのか。
ドイツ軍ではヒトラーの死守命令に反して
撤退したことで更迭されるというのは
読んだ覚えがありますが
もっと色々と書籍を読んで行きたいと思います。

それでクルスクの戦いに関する書籍が届かないので
今日の午前は軍事に関する書籍を読むのは
このロンメル戦記だけにして
今日一杯で色々と描く練習をしてみたいと思います。
平日やっている練習の補完ということも
考えずに行こうと思いました。

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