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絵を描くためのインプットとして、山崎雅弘著のロンメル戦記を読む その1の4

山崎雅弘著のロンメル戦記
山崎雅弘著のロンメル戦記 第一次大戦~ノルマンディーまでを
先週の記事に続いて読んで行こうと思います。
今回も要約と抜粋をしたいと思います。

第3章『戦間期の軍務とヒトラーとの出会い』の途中からになります。
1939年9月1日 ドイツ軍は隣国ポーランドへの侵攻を開始した。
そのポーランドと英仏は長年に渡り軍事面における協力関係にあった。

ポーランドはドイツに降伏し、
西半分はドイツに東半分はソ連の物となりました。
そして、ロンメルはポーランドの首都のワルシャワで
戦勝祝賀式典の警護責任者となります。

ヒトラーはオープンカーで市の中心部に向かいますが
捕虜となりガレキの除去作業をしていた
ポーランドの工兵は大量の爆薬を街路の地下に
埋設することに成功します。

しかし、爆薬は爆発しませんでした。
理由は今なお不明なようです。

もしここでヒトラーが爆殺されていたら。
警護責任者であるロンメルもただでは済まず。
最期の時を迎えていた可能性が高かった。

対ポーランド戦で見聞きした装甲師団の戦いぶりにより
ロンメルは装甲師団を率いて戦場で戦いたいと思うようになります。
ヒトラーにその意志を伝えると
ヒトラーは警護という任務を全うしたロンメルに対して
何かしらの報奨を与えたいと思うようになります。

ロンメルは陸軍から山岳師団の師団長に任じる内示を受けました。
第一次大戦の軍功を考えるとそれが適任と
考えられたからでした。

しかし、ロンメルは装甲師団を指揮したいとその内示を拒絶しました。
陸軍人事局は歩兵将校上がりのロンメルでは
専門知識が求められる装甲師団の指揮は無理だと
ロンメルの希望に何色を示しました。

本来ならここで終わる話が
どのようなルートで何が手配されたかは分かりませんが
陸軍省の反対は突然取り下げられて、
ロンメルは総統司令部管理部長を退任し、
第7装甲師団の師団長に任命されました。

という訳で第3章を読み終わりました。
軍隊の中の人事と独裁者の関わりを
少し読めたと思います。

出来たら明日も読みたいと思いました。
ミリタリーはなかなか難しい分野ですが
少しでも理解に努めたいと思います。

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